2015年03月01日

信玄ゆかりの地C

信玄ゆかりの地として最後におとずれたのは
山梨県甲州市にある恵林寺。
武田家の菩提寺として有名なこの寺は信玄の葬儀もとりおこなわれました。
また、有名な「心頭を滅却すれば火もまた涼し」の原文「安禅不必須山水滅却心頭火亦涼」が刻まれた門が参拝者を迎えてくれます。
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武田家滅亡後に恵林寺に逃げこんだ六角氏の身柄引渡しを拒んだため、織田勢により、寺に火をつけられました。その時、寺と共に炎に包まれた僧正、快川紹喜が発した言葉が、この安禅不必須山水滅却心頭火亦涼だと伝わっています(異説あり)。
焼け落ちた寺はその後、徳川家康によって再興されています。
重要文化財も多くあり、庭園は国の名勝にもなっていますが、やはり武田信玄といえば「風林火山」。見事な屏風が武田信玄公への思いを感じさせてくれます。
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上矢印1「風林火山」が見事です。
下矢印1恵林寺の公式サイトです。
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2015年02月28日

信玄ゆかりの地B

甲府城の後は、今度こそ信玄ゆかりの地へ。
武田神社と恵林寺へ行ってきました。
まずは武田神社。
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もちろん御本尊は武田信玄公。
創建は大正8年と、比較的新しい(?)ですが、元々武田家の居館として有名な躑躅ヶ先館のあった由緒正しい場所です。
そして戦上手だった名将武田信玄公を祀っている神社ですので、ご利益はズバリ「勝運」!仕事で、受験で、今こそ!という方は御利益を信じて行ってみてはいかがでしょうか?
余談ですが、我々は車で行ったのですが、確か車を停めるに確か苦労した覚えがあります。もし車で行かれる方は注意しながら行ってください。武田神社のHPにも書いてありますが、近くに小学校もありますので交通ルールを守り安全運転でお願いします!
下矢印1武田神社公式HPです。
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2015年02月27日

信玄ゆかりの地(?)


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甲府五山の後に向かったのは、甲府城址公園。実はこの甲府城を「信玄ゆかりの地」関連の記事に載せるのは悩んだんですが、信玄ゆかりの地巡りで甲府に行ったので、一応続きという形で載せさせてもらいました。というのも、歴史に詳しい方ならご存知だと思いますが、甲府城は信玄とは何のゆかりもありません。
まあ、徳川とは縁のある城ですので、先日書いた歴史ミステリー「徳川家康は実は武田信玄の子だった」説にちなめば全く関係ないとも言えなくもないかと……ごめんなさい、無理矢理なこじつけです。すみませんm(_ _)m
気を取り直して。甲府城は武田家滅亡後、さらには信長の死後、豊臣政権下になってから本格的に築城し始めますが、築城には困難を極めたそうです。というのも紆余曲折あって浅野長政(秀吉の正室、北政所の義弟)が築城することになったんですが、朝鮮出兵と重なり苦労したそうです。ちなみに浅野長政、うちの母方の祖先だそうです。まあうちの母の実家は枝の枝の傍系だと思いますが。
しかし、この甲府という地は東西間の要所だったらしく、豊臣政権下では関東に移封された徳川に対する備えとして、徳川政権下では喉元に突きつけらた刃とならないよう、親藩(身内)として重要視されてきた城です。幕末に新選組も甲陽鎮撫隊として甲州に出兵してたくらいですもんね。とにかく武田信玄及び武田家とはゆかりはありませんが、豊臣家にも徳川家にも重要視された、歴史的には偉大な城です。
ちなみに甲府城、「甲府城御案内仕隊」という観光ボランティアの方達が、無料で案内してくれます!詳しい事は下矢印1公式HPに書かれてますので、甲斐へ行く時には是非参考にしてください。では!
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